消費者が商品やサービスを購入するとき、数多くの選択肢の中から最終的に検討対象に挙げるブランドはごく一部に限られます。この「消費者が想起するブランドの集合」を、マーケティングの専門用語では「エボークトセット(evoked set)」と呼びます。エボークトセットに入ることは、消費者に選ばれる第一歩であり、ブランド戦略の核心といえるでしょう。
本記事では、エボークトセットの定義から形成要因、調査の活用方法までを詳しく解説します。
目次
エボークトセットとは
エボークトセットとは、消費者がある商品カテゴリーを思い浮かべたときに、購入候補として想起するブランド群を指します。 例えば「コーヒー」と聞いて複数のブランド名が頭に浮かぶ場合、その集合がエボークトセットです。
コトラーが提唱した消費者行動モデルの「5Aモデル」では、認知(AWARE)/訴求(APPEAL)/調査(ASK)/検討・行動(ACT)/推奨(ADVOCATE)と、認知から購買までのプロセスが整理されています。
エボークトセットはその中でも「検討・行動」において重要な役割を果たします
ブランドがこの集合に入るためには、認知拡大にとどまらず、印象形成や体験価値を通じた継続的なブランディングが欠かせません。広告やデザイン、顧客体験を通じて積み重ねられたブランドイメージこそが、消費者の頭の中に残り、想起につながるのです。
エボークトセットが重要な理由
ブランドがエボークトセットに入らなければ、そもそも消費者の購買検討の土俵にすら立てません。 認知されていても「検討候補」に入らなければ売上に直結せず、広告や販促活動が無駄になってしまう可能性もあります。
特に「第一想起されるブランド(トップ・オブ・マインド)」は、購買意思決定における強力な参照点となります。例えば「缶コーヒーといえば?」と聞かれて最初に思い出すブランドは、多くの場合その後の購買検討に強い影響を与えます。つまり、エボークトセットに入るかどうか、さらに第一想起として位置づけられるかどうかが、ブランドの競争力を大きく左右するのです。
関連する概念として「純粋想起」があります。
純粋想起とは、ヒントや選択肢を提示せずに質問した際に、消費者が自発的に思い出すブランドを指します。純粋想起で挙げられるブランドは、消費者の頭の中に強く定着している証拠であり、ブランド力の高さを示す重要な指標です。
一方で、選択肢を与えた状態で思い出される「助成想起」とは異なり、純粋想起は実際の購買シーンでの想起に近いといわれます。そのため、ブランドがエボークトセットに確実に入るためには、この純粋想起で上位に入ることが欠かせません。
エボークトセットの形成要因
消費者がどのブランドを想起するかは、心理的要因とマーケティング施策の両面によって形成されます。
まず、心理学的には「選択のストレスを軽減したい」「間違った選択を避けたい」という行動原理が作用します。人は無数の選択肢の中から安全で安心できるブランドを選びやすく、過去の体験や口コミが強い影響を与えます。
次に、マーケティング施策の影響です。広告や店頭体験、SNSでの話題性など、接触機会が多く鮮明な印象を残すブランドは、消費者の記憶に定着しやすくなります。その結果、購買を検討するシーンで自然に想起され、エボークトセットに組み込まれるのです。
エボークトセットの具体例
具体的な事例を考えてみると、自動車を購入しようとする人にとって、国内大手メーカーや海外の有名ブランドはすぐに思い浮かぶ対象になります。一方で、どれほど広告を出していても消費者の頭に浮かばなければ、購買検討には入りません。
また、近年はECサイトでもエボークトセットの影響が強まっています。消費者が「スキンケアを買おう」と思ったとき、頭に浮かぶブランドがいくつあるかによって、クリックや検索の行動が変わります。レビューやレコメンド機能は、まさにエボークトセットを形成する重要な要因です。
エボークトセットのためのマーケティングリサーチ活用例
エボークトセットに自社ブランドを入れるためには、調査データに基づく精緻な現状把握と、マーケティング戦略が欠かせません。 消費者がどのブランドを想起するのか、どのシーンで思い出されやすいのかを明らかにすることで、施策の優先順位や差別化の方向性を明確にできます。以下に代表的な活用例を紹介します。
純粋想起・助成想起調査
もっとも基本的なリサーチは「純粋想起」と「助成想起」の調査です。
純粋想起
ヒントを与えずに「このカテゴリーで思い浮かぶブランドは?」と尋ねる方法。エボークトセットの核となるブランドを把握できる。
助成想起
候補リストを提示して「知っているブランドは?」と尋ねる方法。潜在的な認知レベルを確認できる。
両者を比較することで、「認知はあるが購買検討には入っていないブランド」や「強く想起されるブランド」を特定でき、施策の方向性を見出せます。
カテゴリーエントリーポイント(CEP)の調査
「どんな場面や動機でそのブランドを思い出すのか」 を明らかにするカテゴリーエントリーポイント調査も有効です。例えば飲料ブランドであれば「喉が渇いたとき」「運動後」「仕事の合間」など、シーンごとに想起されるブランドが異なります。
カテゴリーエントリーポイント(CEP)の調査を行うことで、自社が強い場面と弱い場面を把握し、広告や販促で補強すべき利用シーンを明確化できます。
サブカテゴリー別分析
自動車であれば「EV(電気自動車)」「SUV」、化粧品であれば「スキンケア」「メイク」など、サブカテゴリーごとにエボークトセットを分析することも重要です。
カテゴリー全体での想起率は低くても、特定サブカテゴリーでは強いブランドもあります。これにより、特定領域でのポジショニング戦略を立てることが可能になります。
ブランド想起と推奨意向のクロス分析
「自分が検討するブランド(エボークトセット)」と「他人に勧めたいブランド(レコメンドセット)」 を同時に調査し、クロス集計することで、ブランドの二面性を把握できます。
推奨されるが購入検討には入らないブランドは「イメージは良いが自分事化できていない」可能性があり、逆に検討されるが推奨されにくいブランドは「実利的だが情緒的魅力が弱い」といった示唆が得られます。
トラッキング調査(ブランドリフト調査)
広告やキャンペーンの前後で、エボークトセット入りブランド数がどう変化するかを追跡する調査です。これにより、施策が単なる認知向上にとどまらず、購買検討段階まで影響を与えられているかを検証できます。
エボークトセットを活用するマーケティング戦略
エボークトセットの概念を理解すると、ブランド戦略において「どこで競うべきか」を明確にできます。
まず、調査データを用いることで、自社ブランドがどのカテゴリーで想起されているかを把握できます。
さらに、レコメンドセット(誰かに推奨するブランド群)との比較も有効です。「自分が購入を検討するブランド」と「他者に勧めたいブランド」は一致しない場合も多く、両者を組み合わせて評価することで、より立体的にブランドの立ち位置を理解できます。
エボークトセットに入るための施策
ブランドがエボークトセットに入るためには、単なる認知拡大ではなく「強い想起ポイント」を構築することが不可欠です。
まず、広告やデザインで一貫したメッセージを発信し、消費者に明確な印象を残すことが求められます。例えば「即効性」「安心感」「持続性」といったキーワードが、ブランド想起を強化する要素となります。
次に、カテゴリーエントリーポイント(CEP)の活用が重要です。これは「どんな状況でそのブランドが思い出されるか」という消費者心理に基づく設計であり、特定の利用シーンを意識させるマーケティングは、エボークトセット入りを後押しします。
最後に、調査データの活用です。どのカテゴリーでどの程度想起されているかを定量的に把握することで、施策の優先順位を決められます。例えば「全体認知は高いがエボークトセットに入っていない」という場合には、認知の質を高める施策が必要になるでしょう。
エボークトセットのマーケティングリサーチなら電通マクロミルインサイトにご相談ください
エボークトセットとは、消費者が購買を検討するときに頭に浮かぶブランドの集合であり、マーケティングにおける最重要概念の一つです。ブランドがこの集合に入らなければ、いくら認知されていても売上には結びつきません。
想起集合に入るためには、強い印象を与えるブランド体験や広告の設計、カテゴリーエントリーポイントの活用、そして定量的な調査を組み合わせることが欠かせません。
消費者に「思い出されるブランド」として位置づけられることが、最終的には「選ばれるブランド」への道となります。
マーケティングリサーチをお考えなら電通マクロミルインサイトにご相談ください。
マーケティングリサーチのセミナーや自主調査企画も実施。
