昨今、値上げが常態化するなか、生活者を取り巻く環境は絶えず変化しており、先行きの不透明な状況が続いています。家計に「じわじわとした負担感」が残りやすい今、「あといくら手取り(可処分所得)が増えれば、消費のスイッチが入るのか」―。その境界線から、我慢の裏にある「消費への欲求」を導き出すことが、マーケティングの「糸口」になりえます。
本記事では、電通マクロミルインサイトが定期的に実施している「物価変動に対する世の中の捉え方、家計の見直しに関する兆し」調査(2026年2月・第7回)の結果に基づき、生活者のリアルな本音と、そこから導き出されるマーケティングのヒントを探ります。※調査レポートは4月末頃掲載予定です。
目次
ファインディングスとマーケティングへの示唆
今回の調査から見えてきた、手取り(可処分所得)に対する生活者の本音と、そこから導き出されるマーケティングの示唆を3つのポイントにまとめました。
家計が楽になると感じる増額分は全体平均で月約4.9万円。ボリュームゾーンは「4万円〜6万円未満(23.9%)」であり、この「プラス5万円」こそが、値上げが続く日常において生活者が「我慢」から「潤い」へシフトできる心理的な境界線といえます。
【ポイント】 消費者が手にする「プラス5万円」は、そのすべてが消費に回るわけではなく、まずは貯蓄や生活費の補填へと分配されます。企業側に求められるのは、その分配後の「わずかに生まれた家計の余白」において、自社の商品やサービスがいかに生活を豊かにする価値があるかを伝え、消費の優先順位を上げることです。「このゆとりがあるなら、これだけは変えたい」と思わせる、「納得感」の提示が、次の一手のヒントとなります。
2.手取り増=消費増の意欲は「6割」。一方で強力なブレーキも存在
手取り(可処分所得)が増えれば、生活者の約6割(60.6%)が「消費を増やす」と回答しています。しかし、増やさない理由のツートップは「将来への不安(51.1%)」と「物価上昇見込み(48.1%)」。消費意欲そのものはあるものの、外部環境への警戒感が強力なブレーキとして作用している構造です。
【ポイント】 購買意欲のポテンシャルはありますが、将来不安という強固な財布の紐を緩めるには、単なる機能的価値やお得感の訴求だけでは不十分です。「今、これを買うべき理由(自己投資や心の充実)」といった情緒的価値の再定義が求められます。
3.「生活基盤の安定」という強固な壁と、それを突破するターゲット別の「大義名分」
現在、生活者が「使うお金を増やしてもよい」と判断する条件として全体の上位を占めたのは、「収入(賃金)が増えた場合(46.2%)」や「貯蓄が十分にある場合(41.7%)」でした。一過性の感情よりも、家計のファンダメンタルズ(基礎条件)の安定が得られた時に初めて財布が開くという、生活者の非常に慎重な姿勢が伺えます。
【ポイント】 企業側は「生活者の収入増」を待つことはできません。この強固な財布の紐を解かせる現実的な鍵が、ペルソナに応じた「消費の言い訳(コンテクスト)」の設計です。例えば、「自分へのご褒美」を消費のトリガーとする割合は、全体平均が34.1%であるのに対し、Z世代(学生)では49.3%と全体を大きく上回っています。また、「旅行や記念日など特別なイベント」を重視する割合も、全体平均の41.0%に対し、女性層では46.8%と高くなっています。画一的なキャンペーンではなく、ターゲットが罪悪感なくお金を使える「ハレの場面」を企業側からいかに提案できるかがマーケティングの成否を分けます。
調査結果の詳細分析:消費を動かす「スイッチ」と「ブレーキ」
ここからは調査結果の詳細を追いながら、世代やライフステージごとに異なる消費意欲と将来不安、「消費のスイッチ」について深掘りしていきます。
家計が楽になる手取り(可処分所得)増は平均「月5万」。 “子育て世帯”のより高いハードル
ファインディングスで触れた通り、全体としては「40,000円〜60,000円未満(23.9%)」が最多となり、平均約4.9万円(48,975円)が家計にゆとりをもたらすボーダーラインとなっています。しかし、ライフステージ別の詳細データ(平均金額)を深掘りすると、一律「5万円」では括りきれない生活者のリアルな負担感が見えてきます。
子育て世帯の重い負担:「末子未就学児世帯」では54,627円、「末子中学~大学生以下世帯」では55,721円と、全体平均を5,000円以上も上回る水準が求められています。教育費や養育費がかさむライフステージほど、家計を「楽にする(=我慢から抜け出す)」ためのハードルが一段高くなっていることがわかります。
Z世代(学生)のリアル:一方で、生活費の負担が少ない「Z世代(学生)」は平均33,937円にとどまりますが、同じZ世代でも「社会人(24歳まで)」になると41,678円へと一気に上昇します。学生から社会人へというライフステージの変化が、必要とする金銭的ゆとりの水準にダイレクトに影響している様子が伺えます。

手取り増=「消費拡大」は6割。 “50代男女”の明確な温度差
仮に手取り(可処分所得)が増えた場合、お金の使い方がどう変わるかを聞いたところ、全体で「消費が増える」が60.6%、「変わらない(増やさない)」が39.4%という結果になりました。いずれの層においても「消費が増える」という回答が5割を超えており、生活者の根底にある消費意欲は決して低くないことが裏付けられています。
全体平均を最も大きく上回ったのは「男性50代(68.8%)」で、約7割が消費に意欲的な姿勢を見せています。対照的に、最も低かったのは同じ年代である「女性50代(51.7%)」であり、全体平均を約9ptも下回る結果となりました。
この明確な男女差の背景にあるのは、「老後」に対する防衛意識の強さです。消費を増やさない理由を見ると、50代女性は「将来への不安があるため(66.3%)」「老後資金を確保したいため(55.1%)」が、50代男性(それぞれ48.0%、40.3%)を15pt以上も上回っています。目前に迫るセカンドライフに向けたシビアな「守りの姿勢」が、同年代であっても女性の消費に強いブレーキをかけていることがわかります。


増えたお金の使い道。全体トップの「食」に隠れた「若年層の自己投資」と「ミドル女性の体験志向」
仮に手取り(可処分所得)が増えた場合の使い道としては、全体で「食費(外食を含まない)(53.4%)」「旅行・レジャー(52.9%)」「外食(51.3%)」がトップ3に並び、いずれも5割前後の支持を集めました。まずは日常のベースとなる「食」を底上げしたいという意識が伺えます。 一方で、このデータを「性年代別」で深掘りすると、ターゲットが心に秘めた“欲望の矛先”がライフステージによって明確に変化していく様子が浮かび上がります。
20〜30代女性の「自己投資(自分磨き)」: 女性20代〜30代では「美容」や「衣料品・ファッション」への消費意向が全体平均を大きく上回る高いスコアを示しています。この年代の女性にとって、増えたお金の使い道は単なる生活費の補填ではなく、「自分自身をアップデートするための投資(自分磨き)」へと向いていることがわかります。
ミドル女性の「非日常(体験)シフト」:興味深いことに、女性は40代・50代になると美容やファッションへの意向が落ち着き、代わりに「旅行・レジャー」が約66%と一気に跳ね上がります。モノや自己投資から、非日常の「コト消費」へと欲望がシフトする明確なターニングポイントが見て取れます。
男性のブレない「趣味志向」:対照的に男性陣は、15〜19歳から40代に至るまで幅広い層で「趣味・娯楽」への投資意向が全体と比較して高い水準をキープしており、年齢を重ねても「自分の好きなモノ・コト」へお金を使いたいという一貫した傾向が確認できました。
単に「お金が余れば使ってくれる」と考えるのではなく、若者には美容や趣味を通じた「自己肯定感の向上」、ミドル層には旅行などの「非日常の解放感」といったように、世代と性別に応じた的確なベネフィット(欲求の満たし方)を提示することが求められます。

手取り増でも4割が「消費を抑制」はなぜか?世代別に異なる将来への備えと守りの姿勢
手取り(可処分所得)が増えても「消費が変わらない(増やさない)」と答えた約4割の層について、その理由を見ると消費への強力なストッパーの実態が見えてきます。全体では「将来への不安があるため」が51.1%、次いで「物価は今後も上がると思うため」が48.1%となりました。
さらに不安の中身を世代別に見ると、シニア層(65歳以上)や男女60代では「老後資金を確保したい」が高く、Z世代(社会人24歳まで)や若手ビジネスマン層(25〜44歳)では「貯蓄や投資を優先したい」が高くなっています。若年層は資産形成、シニア層は老後資金という、それぞれのライフステージにおける「将来への備え」が優先され、消費を抑制している構造です。
この強固な防衛本能(生活防衛意識)を前にしては、単なる機能やお得感の訴求だけでは財布の紐を緩めることは困難です。若年層にはスキルや自己成長につながる体験、シニア層には健康寿命を延ばすための予防など、ターゲットが抱える「将来への不安」に寄り添い、単なる消費(=お金が減るもの)ではなく「自分や未来への有意義な投資」と感じられるような価値の再定義(リフレーミング)が求められます。

強固な財布をこじ開ける「大義名分」。ご褒美、非日常、そして“時間と心の余裕”
ここまでは「仮に手取り(可処分所得)が増えたら」という前提で意向を見てきましたが、視点を変えて生活者全体に対し、現在「使うお金を増やしてもいいと感じる状況」を聞いたところ、全体トップは「収入(賃金)が増えた場合(46.2%)」、次いで「貯蓄が十分にある場合(41.7%)」と続き、家計の基礎条件(ファンダメンタルズ)の安定が消費の前提になっている非常に慎重な姿勢が伺えます。
しかし、企業側が「生活者の収入増」をただ待つわけにはいきません。この強固な壁を突破する「大義名分(消費の言い訳)」のヒントが、特定のターゲット層に明確に表れています。
Z世代の「ご褒美」と、若年層特有の消費トリガー「心のゆとり」:
学生を中心とするZ世代では「自分へのご褒美として使いたいと感じた場合」が49.3%に達し、全体平均(34.1%)より突出して高くなっています。さらに詳細データで注目すべきは、「時間や心に余裕ができた場合」という項目です。 この条件で全体平均(30.9%)を大きく上回り、全年代の中でトップクラスの反応を示したのは「15〜19歳の男女(男性41%、女性47%)」でした。
常にSNSで繋がり続け、情報過多やタイパ(タイムパフォーマンス)に追われる現代の若年層にとって、金銭面だけでなく「時間や精神的なゆとり」を得ること自体が、お金を使いたくなる強力なハレの場面(消費トリガー)になっているという、興味深いリアルが伺えます。
女性層の「イベント(非日常)消費」:
「旅行や記念日など特別なイベントがある場合」について、女性(46.8%)は男性(35.0%)より10pt以上高く、明確な差が表れています。
子育て世帯の「負債からの解放」:
ライフステージ別に見ると、「末子中学〜大学生以下の子どもあり世帯」において「住宅ローンや借入金の返済負担が軽減された場合」が21.7%となり、全体平均(9.9%)を大きく上回りました。
このように、単に商品の良さをアピールするのではなく、若年層には「ご褒美やリラックスできる体験」を、女性層には「ハレの日の特別感」を、ミドル層には「固定費軽減によるゆとりの創出」を提案するなど、ターゲットが罪悪感なくお金を使える「コンテクスト(文脈)」を企業側からいかに仕掛けていくかがマーケティングの成否を分けます。


次回予告:家計を締め付ける「物価高」のリアル
今回の調査から、生活者は手取りが5万円ほど増えれば「消費を増やす」という前向きな意向を持ちつつも、将来不安や物価上昇への懸念から、生活基盤の確信がない限り慎重な姿勢を崩さない姿が浮き彫りになりました。 こうした「慎重な守り」を解き、消費のスイッチをいかに入れるのか。その鍵となる、ターゲット別の「大義名分」や心理的な境界線について触れてきました。
次回は、視点を変えて「物価上昇」の影響について深掘りします。調査では全体の約6割が家計への負担を実感しており、日常生活のあらゆる局面で物価上昇を意識している様子が見受けられました。消費を冷え込ませる「負担感」の実態はどうなっているのか。次回も引き続き、最新の調査結果から生活者の日常を紐解いていきます。
※近日公開予定
調査概要
電通マクロミルインサイトでは、生活者の意識変化を捉えるため、本調査を定点的に実施しています。
第7回「物価変動に対する世の中の捉え方、家計の見直しに関する兆し」調査
調査主体:株式会社電通マクロミルインサイト
調査方法:インターネット調査
調査対象:全国の15歳〜79歳 男女
サンプル数:2,600ss
調査時期:2026年2月25日(水)~ 2026年2月27日(金)
集計方法: 全国人口構成比に応じたウェイトバック集計を実施
値上げに伴う生活者理解や、購買行動の変容に関するマーケティングリサーチをご検討の際は、ぜひ電通マクロミルインサイトまでお問い合わせください。
本記事では、生活者2,600人を対象とした調査結果をもとに、手取り(可処分所得)の増加が消費行動に与える「心理的損益分岐点」や、属性ごとに異なる「消費のスイッチ」を整理しました。物価高で生活者の守りの姿勢が強まるなか、客観データに基づき消費の予兆を把握することは、今後のマーケティング戦略やコミュニケーション設計の前提条件を見直す上で重要な示唆をもたらします。
物価高騰下における生活者理解・購買行動分析に関するマーケティングリサーチについては、お気軽にお問い合わせください。
マーケティングリサーチのセミナーや自主調査企画も実施。
