社会情勢がめまぐるしく変化する中、消費者意識と行動はますます多様化しています。
こうした中、株式会社電通と株式会社電通マクロミルインサイトは2020年からDENTSU DESIRE DESIGN(以下DDD)を立ち上げ、欲望起点からの消費者研究を進めています。
両社は欲望起点で基幹調査である「心が動く消費調査」の最新結果や、2024年のヒット商品から見える消費者のトレンド、そして今後消費の中心となるZ世代研究結果などを、2025年3月25日に公益社団法人 日本マーケティング協会主催のセミナーにて紹介しました。
本ブログでは、セミナーの講演内容の一部をお届けします。
目次
欲望を起点に、心が動く消費を探る
Lecture1では、「消費者の11欲望と基にした消費者行動モデルの紹介」として、株式会社電通の立木様より解説いただきました。
![]() | 株式会社電通 DENTSU DESIRE DESIGN 主任研究員 立木 学之 入社以来、リサーチを長年扱い、定量・定性・多変量解析などの業務経験が豊富。営業部門で自動車メーカーの企業広告と中期コミュニケーション戦略策定などに従事し、電通総研では「日本の広告費」を担当。2016年に電通デジタルへ出向し、多くのクライアントのデジタル広告配信をリード。2019年にメディアイノベーションラボ、2020年以降に未来予測支援ラボ、未来事業創研、SPORT TECH TOKYO、電通デザイアデザインなどのプロジェクト参画。著書:『情報メディア白書2012-2015』(ダイヤモンド社、共に共著) |
DDDは、2020年11月に発足した電通の社内横断型の研究開発組織です。消費者の根源的な欲望に着目し、年2回実施する「心が動く消費」調査などを通じて、マーケティングソリューションの開発や独自メソッドの構築を行っています。
消費者の行動モデルである「AIDMA」は時代とともにAISASやSIPSなどの購買行動モデルに変遷する過程で、当初存在していた“Desire(欲望)”という概念がいつの間にか忘れられてしまい、行動の裏にある「なぜその商品やサービス、トレンドが必要とされるのか」が見えにくくなってきました。
DDDでは、そのような“消費者の心の動き”を欲望(Desire)という切り口から解き明かし、マーケティング手法やソリューションを提供しています。
欲望行動モデルと、消費のドライバーとなる11の欲望
DDDの中核を成すのが消費のメカニズムを表す「欲望行動モデル」。
このモデルでは、消費者の行動(ニーズやウォンツ)の背後には、人間の普遍的な欲である「根源的欲求」と、「価値観基盤」の2つが存在し、それらの掛け合わせで11種類の“欲望”を導き出しています。
- 43の根源的欲求項目と、105の価値観項目を軸に定量調査を実施。
- 多変量解析(因子分析・重回帰分析)を通じて、欲求と価値観の関係性を可視化。
- DDDメンバーによる解釈とネーミングで11の欲望タイプを定義。
11の欲望について詳しくはこちらをご覧ください。
たとえば「自由&安楽」や「遊興&開放」といった欲望は、ビールを飲むといった日常的な行動に内在する心理的ドライバーとして解釈されます。
消費の“好循環”を捉える
「心が動く消費」調査からは、「欲望が刺激され、心が動いた消費体験」をした人は、再び消費行動を起こしやすい傾向があることが見えてきました。この心理的な反応をDDDでは「消費の好循環」と定義しています。
たとえば、ビールを飲むと「自由な気分になる」→「また自由を感じたくなり別の消費行動を起こす」…といった形で、一つの欲望が他の購買へと波及していく連鎖が存在するといいます。
11欲望から紐解く、消費と欲望の関係性
次に、電通マクロミルインサイト(DMI)の工藤玲氏によるDDDにおける定点調査「心が動く消費調査」の結果について紹介しました。
![]() | 株式会社電通マクロミルインサイト リサーチオペレーション部 人と生活研究所 金融機関系シンクタンク・事業会社のリサーチ部署を経て、2023年株式会社 電通マクロミルインサイト入社。“人”を基点に、インサイトやトレンドに関するメソッド開発や、情報発信していく窓口「人と生活研究所」所属。住宅、家電、日用品、飲食サービスなど、幅広い領域のコミュニケーションプランニングやPDCAサイクルの構築支援といったクライアントワークの他、α世代の研究などに従事。また、DENTSU DESIRE DESIGN、未来事業創研など電通グループ横断のプロジェクトに参画している。 |
「心が動く消費調査」とは?
この調査は、消費者の欲望に着目した定量調査で、2021年5月から半年ごとに継続実施されています。最新の第9回(2023年11月実施)では、全国15~74歳の一般男女3,000名を対象にWEB調査を行いました。
「心が動いた消費」の半数以上が「消費の好循環」につながる
調査では、「この1ヶ月間にお金を払った消費で“良い気分”になった経験があったか?」を聴取。その結果、83.4%が「心が動いた消費あり」と回答。
さらに、そのうち52.5%が「その消費が次の欲望や行動につながった」と回答しました。これは、「消費の好循環」が実際に起きていることを示しています。
背景にあるのは「自由・安楽」「遊興・開放」
心が動いた消費の背景にあった欲望として、最も多いのは「自由&安楽」で、次に「遊興&解放」が挙げられました。
これらは「自分らしくありたい」「リラックスしたい」「たまには自分を甘やかしたい」といった感情に関連し、“自分を肯定できる”消費体験が心を動かしやすいといえます。
心が動いたのは「コト消費」に多い傾向
消費カテゴリ別に見ると、上位には以下のようなジャンルが挙がりました。
- 外食
- 衣料品
- 映画
- 旅行・観光
- レジャー/テーマパーク
これらのうち4つは「コト消費」に分類されるものであり、“モノ”より“体験”に価値を感じる傾向が見て取れます。
消費と欲望の“つながり”を可視化
心が動いた商材と、心が動いた消費の背景にある11欲望との関連をコレスポンデンス分析という手法で可視化した結果も紹介しました。このコレスポンデンス分析では関連が近いものが近くにプロットされます。分析結果からは以下のような傾向が読み取れました。
- 車や服飾雑貨、美容商品など → 承認&優越、保身&安全などの欲望と強く結びつく
- 漫画、動画配信、書籍、ドラマなどのコンテンツ → 愛情、没頭、探求&創造といった欲望と連動
こうした結果から、消費者の心を動かすためには、顕在化しているニーズやウォンツを満たすだけでなく、その背景にある欲望、特に商材カテゴリーと結びつく固有の欲望を意識することも重要であると言えそうです。
「消費の好循環」の構造
続いて、再度立木様より、消費の好循環について解説いただきました。
消費の好循環とは、前述の通り「良い消費をすると、また次の良い消費体験がしたくなる」という消費のモデルです。
昨今、消費者と企業は一回限りの消費の関係性だけで終わるのではなくて、いかに双方にとって好ましく持続可能な関係性を構築し、お互いにライフタイムバリューをいかに高めるかに軸足が移ってきています。
そのような時代背景をもとに、継続的にブランドロイヤリティを高めて新しい需要を喚起し、次の消費につながるメカニズムを解明しようと試みました。
共分散構造分析とは?
取り組んだのは、共分散構造分析(SEM)という手法を用いたモデル構築です。共分散構造分析とは、複数の変数間の相関関係を同時に解析できる手法で、クロス集計では見えにくい「因果関係」や「影響の強さ」を可視化する分析手法です。
今回の分析では、電通マクロミルインサイトの調査データをもとに、欲求因子→良い気分・気持ちになった消費→消費後の生活変化→消費意欲の変化といった関係性をモデル化しました。
心が動く消費はデモグラよりも”欲求”がカギ
分析の結果、特に強く「消費の好循環」を生み出す主要な因子として明らかになったのは、次の2つの欲求でした。
- 社会貢献&保守
例)「誰かの役に立ちたい」「大切なものを守りたい」など - 収集&没頭
例)「好きなものを集めたい」「好きなことに没頭したい」など
これらの欲求が満たされる消費体験は、「良い気分・感情の変化」につながりやすく、さらにその後の興味関心の広がりや実生活での行動変化を引き起こす可能性が高いことがわかりました。
構造モデルの最終段階では、以下2点の“消費意欲の変化”との関係も示されました。
- 同じ商品・ブランドを再度購入したくなる(ブランドロイヤルティ)
- 新しいことをやってみたくなる、別の商品に興味を持つ(新たな消費行動)
つまり、特定の欲求が刺激されることで、ポジティブな体験 → 生活変化 → 次の消費という、消費のスパイラル=好循環が生まれていることが、定量的にも裏付けられたのです。
2024年ヒット商品から読み解く「6つの欲望トレンド」
Lecture2では、電通の松本氏より「2024年の欲望トレンド」紹介として、トレンドを単なる流行として捉えるのではなく、その背後にある消費者心理や社会的背景に目を向け、「6つの欲望トレンド」を紹介しました。
株式会社電通 松本泰明氏(まつもと・ひろあき)氏 DENTSU DESIRE DESIGN 主任研究員 |
1. ポジティブブースト
物価高や社会不安が続きネガティブなプレッシャーを浴びている中、明るくポジティブな気持ちを後押しする商品やコンテンツが支持を集めています。自信や安心感を得たい、自分を肯定してくれる物事への欲望がトレンド化しています。
「ポジティブブースト」は、具体的には以下のようなトレンドに細分化されます。
”前向き”神のご利益
圧倒的なスーパースターや前向き思考・プラス思考を発する商品から、そのポジティブ成分を摂取してご利益にあずかりたいというトレンド。大谷翔平選手を起用した商材や、彼の家族・ペットの関連商品など。
優しさフィルターバブル
尖った表現よりも、静かに心を癒す存在に惹かれるトレンド。ビールブランド「一番搾り・晴れ風」やヘアケアブランド「メルト」、入浴剤「バブ あふれるのはきっと、お湯だけじゃない」など、優しさやリラックスを提供する商品など。
界隈消費
「○○界隈」といった生活スタイルや価値観を共有する仲間とのつながりに代表される傾向。例えば「お風呂キャンセル界隈」「伊能忠敬界隈(徒歩愛好者)」など、自分の習慣やライフスタイルに共鳴する人たちがゆるやかに連帯し、そこに消費が生まれる。
自己肯定オルタナティブ
世間の評価軸に縛られず、自分自身を肯定できる商品やコンテンツへの関心の高まり。多幸感メイクや男性の日傘使用など、“新しい自分”を肯定する行動や商品が支持されている。
ジャーナリスティック・エコノミー
社会問題を消費体験として身近に落とし込むアプローチが注目を集めています。例えば、ZOZOTOWNの「ゆったり配送」や、店頭での「てまえどり」など、社会課題(物流・食品ロス)に寄り添う提案が話題になりました。
エシカルを“正しさの押し付け”ではなく、共感と選択肢として提供する姿勢が支持されています。
シン「竹」from松竹梅
日本ではメリハリ消費が常態化し、高価格化か低価格のどちらかが選ばれがちで、中価格帯、つまり松竹梅プランの「竹」価格帯は売れにくい状態が続いていました。
その抜け落ちていた中価格帯に、別の付加価値や新たな視点、個性が加わったポジションを「シン竹」と名付けました。
一番わかりやすい事例として、竹価格に加えて、カフェのような世界観を持つ、「鰻の成瀬」が挙げられます。
他にも家族みんなが食べられる味付けのクロスブレンドカレーなど、価格設定以外に新しい評価軸を持ち込んでヒットした商品が多くみられました。
トレンドデトックス
情報過多の現代において、消費者は自分の中の“定番”を大切にするようになってきました。
レトロなコンパクトデジカメの再評価や、様々な切り口から繰り返されるドーナツのブーム、定番ブランドを活かした新商品開発(例:カルビーの超うすしおポテトチップス)など、トレンドを追うのではなく“自分基準”での選択が強まっています。
韓国というポップフィルター
韓国カルチャーが多国籍文化の“中継地”となり、新しいヒットを生み出している様子も見られます。
韓国経由で世界の食や美容、コンテンツが日本に浸透する構造に、消費者が自然に適応している様子が伺えます。
ヤバめの代償を求む
強烈な刺激やインパクトを持つ商品が、「効果ありそう」として注目される傾向も。
肌に痛みを感じる美容液「リードルショット」や、苦味が話題の歯磨き粉「クリーンデンタル」、強力なマッサージ機「ゴリラのひとつかみ」など、ベネフィットと引き換えに“ヤバさ”を感じる商品が若年層を中心にヒットしています。
これらのトレンドすべてに共通するのは、「消費者の欲望に根差した行動」であるといえます。
2024年に生まれた欲望の潮流は、2025年以降も引き続き重要なインサイトとして注視すべきテーマだと語り、このパートを締めくくりました。
Z世代の欲望に寄り添うリアル体験とは?~トライブ視点と欲望分析でつくる、新しい共感設計~
Lecture3は、電通マクロミルインサイトの今泉氏より「欲望視点での『Z世代』研究 ~『トライブ』の背景にある欲望と体験設計~」をテーマに解説しました。
株式会社電通マクロミルインサイト今泉直史氏(いまいずみ・なおし) |
Z世代とミレニアル世代との比較
まず、2013年から毎週継続されている「マクロミルWeekly Index」のデータを用いて、現在の若者(15~29歳)と10年前の若者(当時の20代)であるミレニアル世代との比較を紹介しました。そこから見えてきたのは以下のような特徴です。
- デジタルネイティブでありながら、リアルな体験を重視
- 読書や飲み会の参加率は過去の若者よりも低下傾向
- 金融商品への関心や支出は増加傾向
- 社会の不安定さに敏感で、ポジティブ感情の希薄化が見られる
- 教育や子育て、働き方改革など“自分ごと”に近い政策への関心が高い
特に注目すべきは、景気感や感情面での揺れ動きです。
Z世代は、社会的な不安定さやネガティブなニュースに多く接してきたため、自身の気持ちも揺れ動くことが多く、ポジティブさを感じにくい環境といえます。
彼らに対するアプローチや商品・サービスとして、彼ら自身の生き方や考え方=生きる欲求に直結するメリットを示して、「自分ゴト化」してもらうことが重要といえます。
リアルでの体験づくりのヒント
そこで、電通マクロミルインサイトと電通ライブでは、DDDを活用してZ世代の「根源定期欲求」を把握し、「リアルでの体験づくり」のヒントを抽出すべく、共同プロジェクトを実施しました。
Z世代の特徴として、デジタルネイティブでありながら、「自身のリアルな体験」を重視し、オフラインイベントへの参加率が高いという点が挙げられます。
イベントは「超プル型」のプロモーションです。
わざわざ出かけていく必要があるイベントには、しっかりと体験設計を考えて、Z世代の能動性を刺激し、期待に応える設計が求められます。
多様で複雑な価値観を持つZ世代に対し、従来のデモグラフィックな切り口では不十分と考え、「トライブ(共通の価値観や趣味でつながる集団)」に着目しました。
たとえば、美容・コスメに熱中する“コスメドライブ”や、推し活に情熱を注ぐ“推し活ドライブ”など、具体的な行動や趣味を軸にセグメント化し、その背景にある“欲望”を可視化することが、マーケティング設計のカギになると述べました。
欲望×トライブで読み解くZ世代
具体的には、Z世代のトライブとその背景にある欲望を理解する為に、【今、お金や時間をかけている「好きなもの・こと」がある人】をターゲットに消費者調査を実施。
STEP1:欲望の理解
調査では43の欲望項目を用い、各トライブがどのような欲望と関連性が高いのか、コレスポンデンス分析を実施。
例:
コスメドライブに属する人は「自分らしく生きたい」「人から好かれたい」「健康でいたい」といった欲望が強い。
STEP2:イベントの魅力要素の抽出
各トライブに属する人が、「一足先に新商品を体験できる」「癒しを得られる」「同じ趣味の仲間と出会える」といった、魅力を感じるイベントのポイントを抽出。
STEP3:体験設計の提案
これらを掛け合わせて、「友達と一緒に、最新コスメのメイクレッスンで“なりたい自分”になれる」イベントのように、欲望に根ざした設計を行うことで、共感性と能動性を高める施策が可能になると示されました。
このように、Z世代マーケティングにおいて重要なのは、世代全体をひとくくりにするのではなく、“個人の欲望”に寄り添う視点といえます。
欲望とトライブに着目することで、リアルな場を活用した「刺さる」体験価値の提供が可能になります。イベント設計にとどまらず、商品開発やコミュニケーション戦略にも応用できる視点として、様々な可能性があります。
今回のウェビナーでは、「欲望」を基点にした「心が動く消費」のトレンドと、次の新たな消費体験を生み出す「消費の好循環」のメカニズムに加えて、欲望視点でのZ世代への体験設計について、幅広く紹介しました。
DENTSU DESIRE DESIGNでは「心が動く消費調査」を基に解明した消費者の欲望を軸に、「新商品開発プログラム」などのソリューションをご用意しております。自社の製品で「消費の好循環」を生み出すためのヒントを得たいという方はぜひ一度お問い合わせください。
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