自社の商品は知られているはずなのに、なぜか最終的な購入には至らない。このような悩みを抱えているマーケティング担当者の方は多いのではないでしょうか。実は、消費者が商品を選ぶ際、単に「知っている」だけでは不十分であり、「購入の候補リスト」に入っているかどうかが勝負の分かれ目となります。この記事では、その候補リストである「想起集合」の正体と、そこに入るための具体的な戦略について解説します。
目次
想起集合とは?
消費者が特定の商品カテゴリー(例:缶コーヒー、洗剤、軽自動車など)で買い物をしようとしたとき、記憶の中から自然と思い浮かべる特定のブランドや商品のグループを「想起集合(Evoked Set)」と呼びます。
購入時に真っ先に候補に挙がるブランド群
私たちは普段の買い物で、店頭にある全ての商品を比較検討しているわけではありません。例えば、「喉が渇いたからコンビニでお茶を買おう」と思ったとき、頭の中には「ブランドA」「ブランドB」「ブランドC」など、特定の銘柄がパッと思い浮かぶはずです。この、頭の中にリストアップされた数個のブランド群こそが想起集合です。
マーケティングにおいてはこの想起集合に入ることが極めて重要です。なぜなら、どれだけ品質が良くても、この「頭の中のリスト」に入っていなければ、そもそも比較検討の土俵にすら上がれないからです。一般的に、人が一度に想起できるブランド数は「3つから5つ程度(マジカルナンバー)」と言われており、この限られた枠に入ることが、選ばれるための第一関門となります。
知名集合や検討集合との明確な違い
マーケティング用語には「想起集合」と似た言葉がいくつか存在し、これらを整理して理解することが重要です。消費者のブランド認識は、以下のような段階構造になっています。
分類 | 名称(読み) | 定義 |
全体集合 | ぜんたいしゅうごう | 市場に存在するすべてのブランド。 |
知名集合 | ちめいしゅうごう | 消費者が名前を知っているブランド群。 |
処理集合 | しょりしゅうごう | 知名集合のうち、購入検討のために情報を処理(評価)したブランド群。 |
検討集合 | けんとうしゅうごう | 処理集合のうち、肯定的に評価され、購入候補として残ったもの。 |
想起集合 | そうきしゅうごう | 検討集合の中で、特定の購買機会に思い浮かべられる最有力候補。 |
ここで注意したいのは、「検討集合(Consideration Set)」と「想起集合」の微妙な違いです。検討集合は「選択肢としてアリなもの全て」を指すのに対し、想起集合は「その瞬間に思い出し、購入意向が高いもの」を指します。つまり、知っているだけ(知名集合)では不十分であり、好意的に評価されている(検討集合)だけでも足りず、ニーズが発生した瞬間に脳内で検索ヒットする(想起集合)状態を目指す必要があります。
なぜ想起集合に入ることが重要なのか?
ビジネスにおいて想起集合へのランクインを目指すべき理由は、それが売上に直結するからです。単なる認知度向上キャンペーンと、想起集合獲得のための施策は、そのゴールが異なります。
購入決定率に直結する決定的な要因
消費者の購買行動において、想起集合に入っているかどうかは、最終的な購入決定をほぼ左右します。特に日用品や食品などの最寄品(もよりひん)においては、店頭で詳細なスペック比較を行うことは稀です。多くの人は、売り場に行く前に頭の中で想起されたブランドの中から、その日の気分や価格を見てどれか一つを手に取ります。
また、家電や車などの買回品(かいまわりひん)であっても同様です。検索エンジンで情報を集める際、ユーザーはまず想起集合にあるブランド名を含めて検索する傾向があります。つまり、想起集合に入っていないブランドは、指名検索の対象にならず、比較サイトや広告経由でしか顧客に出会えないため、集客コストが割高になってしまいます。
比較検討のコストを下げて選ばれやすくなる
人間は本来、決断することにストレスを感じる生き物です。心理学的には「認知負荷」と呼ばれますが、ゼロから新しい商品を調べるよりも、すでに知っていて安心できるブランドの中から選ぶほうが、脳にとって楽な選択となります。
想起集合に入っているということは、消費者にとって「信頼できるいつもの選択肢」というポジションを得ていることを意味します。これにより、競合他社が値下げキャンペーンを行っていたとしても、「失敗したくないから、いつものアレにしておこう」という心理が働き、価格競争に巻き込まれにくくなるメリットもあります。強いブランドが利益率を維持できるのは、この心理的優位性を持っているからです。
想起集合に含まれない3つの分類とは?
消費者の頭の中にあるブランド分類は、想起集合だけではありません。選ばれない理由を明確にするために、想起集合以外の「残念な集合」についても理解しておく必要があります。これらは大きく分けて「非知名集合」「保留集合」「不適集合」の3つに分類されます。
知られていない状態である非知名集合
まず一つ目は、そもそもブランドの存在自体が知られていない「非知名集合」です。どんなに素晴らしい商品を作っても、知られていなければ選択肢に入りようがありません。
スタートアップ企業や新商品の多くはここからスタートします。この段階にあるブランドが目指すべきは、まずターゲット層へのリーチを広げることです。Web広告、SNS運用、プレスリリースなどを通じて、まずは「知名集合」へとステップアップする必要があります。ここでは「選ばれること」よりも「知られること」が最優先の課題となります。
選択肢としては保留される保留集合
二つ目は、知ってはいるものの、特別に好きでも嫌いでもない「保留集合(Inert Set)」です。消費者はそのブランドを認識していますが、「自分向けではない」「特に買う理由がない」と感じています。
例えば、ある消費者が「A社のパソコンは知っているけれど、特徴がよく分からないから選択肢に入らない」と思っている状態です。この層にアプローチするには、単なる認知拡大ではなく、商品の魅力やベネフィット(便益)を伝える必要があります。「これは私のための商品だ」と認識を変えてもらうことで、保留集合から想起集合への移動を狙います。
悪い印象により除外される不適集合
三つ目で最も厄介なのが、知っているけれど買わないと決められている「不適集合(Inept Set)」です。過去に悪い体験をした、口コミで悪い評判を聞いた、あるいはブランドイメージが自分の価値観と合わない、といった理由で明確に拒絶されている状態です。
一度この不適集合に入ってしまうと、そこから想起集合へ復帰するのは非常に困難です。マイナスのイメージを払拭するには、長い時間と誠実なコミュニケーション、あるいは抜本的なリブランディングが必要になります。マーケティング担当者は、自社ブランドが顧客にとって「憧れの存在」なのか、それとも「避けるべき存在」になっているのかを冷静に分析しなければなりません。
想起集合を獲得するためのマーケティング戦略は?
では、数ある競合の中から自社ブランドが想起集合に選ばれるためには、具体的にどのようなアクションを起こせばよいのでしょうか。ここでは明日から検討できる3つの戦略を提示します。
カテゴリーニーズとブランドを強く結びつける
最も効果的なのは、「〇〇といえば、△△」という純粋想起(手がかりなしで思い出すこと)を強化することです。これを実現するには、特定の利用シーンやニーズ(カテゴリーエントリーポイント)とブランド名をセットで訴求します。
例えば、「お腹が空いたら」といえば「スニッカーズ」、「安くてお洒落な服」といえば「ユニクロ」といった具合です。自社商品が解決する課題や、利用されるシチュエーションを具体的に定義し、その文脈の中で繰り返しブランド名を露出させます。「朝の忙しい時間の栄養補給に〇〇」のように、具体的な場面を提案することで、消費者の生活シーンの中にブランドの居場所を作ることができます。
独自の強みを明確にして差別化を図る
消費者の記憶容量には限りがあるため、特徴のないブランドはすぐに忘れ去られてしまいます。想起集合に残るためには、他社にはない明確な「タグ(目印)」が必要です。これをUSP(Unique Selling Proposition)と呼びます。
「一番汚れが落ちる洗剤」「世界で最も安全な車」「絶対に崩れないファンデーション」など、何か一つ突出した強みを打ち出してください。あれもこれもとアピールするのではなく、エッジの効いた一つのメッセージを突き刺す方が、記憶への定着率は高まります。競合と比較されたときに、「〇〇な方にはこれがおすすめ」と即答できる強みこそが、想起集合へのチケットとなります。
顧客接点を増やして単純接触効果を狙う
心理学の「単純接触効果(ザイアンスの法則)」を活用することも有効です。人は、接触回数が多い対象に対して、次第に好感を抱く傾向があります。
テレビCMのようなマス広告だけでなく、SNSでの日常的な投稿、リターゲティング広告、メールマガジン、店頭POPなど、あらゆるチャネル(マルチチャネル)を使って顧客との接点を増やします。ただし、売り込みばかりでは逆効果になりかねません。役に立つ情報や楽しませるコンテンツを提供し、「好意的な接触」を積み重ねることが大切です。忘れられない頻度でコミュニケーションを取り続けることが、想起集合を維持する秘訣です。
第一想起(トップオブマインド)を目指すべきか?
想起集合の中でも、最も強く最初に思い出されるブランドを「第一想起(トップオブマインド)」と呼びます。マーケティングにおいて、単に想起集合に入るだけでなく、この頂点を目指すべきなのでしょうか。
市場シェアと第一想起の強い相関関係
多くの実証研究において、第一想起率と市場シェア(マーケットシェア)には正の相関関係があることが証明されています。つまり、多くの人から最初に名前が挙がるブランドは、実際に最も売れている可能性が高いということです。
特に、関与度が低い(あまり深く考えずに買う)商品カテゴリーでは、この傾向が顕著です。コンビニでお茶を買う際、ほとんどの人は第一想起にあるブランドを手に取ります。業界のリーダー企業であれば、このトップオブマインドの地位を死守することが、シェア維持の生命線となります。
ナンバーワンのポジションを確立する意義
もし自社がチャレンジャー(2番手以下)の立場であれば、まずはニッチな分野でも良いので「特定の条件下でのナンバーワン」を目指すべきです。「コーヒー全体」での第一想起が難しくても、「カフェインレスのコーヒーといえば〇〇」というポジションなら取れるかもしれません。
範囲を限定してでも第一想起を獲得できれば、その特定のニーズが発生した瞬間に、競合を出し抜いて選ばれる確率が跳ね上がります。広義の想起集合に入りつつ、特定の文脈では第一想起になる。この二段構えの戦略が、賢いブランドの戦い方です。
まとめ
当記事では、想起集合について解説してきました。この記事の要点をまとめます。
- 想起集合とは、購入検討時に消費者が自然と思い浮かべる有力な候補ブランド群のことである
- 知名集合(知っている)や保留集合(選ばない)とは異なり、想起集合に入ることが売上に直結する
- 想起集合に入るには、利用シーンとの結びつけ、明確な強みの訴求、接触頻度の維持が不可欠である
消費者の頭の中にある数少ない「指定席」を勝ち取ることは簡単ではありませんが、一度座ることができれば、長期にわたって安定した収益をもたらします。
まずは自社ブランドが現在どの「集合」にいるのかを把握し、一つ上の段階に進むためのマーケティングリサーチをお考えなら、電通マクロミルインサイトにご相談ください。
