企業が製品やサービスを作るとき、デザインは重要なポイントの一つです。
機能・品質や価格などだけではコモディティ化を避けることが難しくなります。競合との差別化を図り、ユーザーに喜んで使ってもらうためにデザインの力はとても重要です。
そのデザインの制作はデザイナーだけが担うものと思われがちですが、マーケターやエンジニアなど多くの人が密接に関わります。それぞれが独自に作業を進めてしまうと、実際に出来上がったデザインに統一感がなく、ユーザーにとって使いづらいものになってしまうケースも少なくありません。
モノやサービスが溢れる現代において、一度ストレスを感じてしまったらユーザーは他のサービスへすぐに乗り換えてしまうことも考えられるため、抜本的な対策が必要です。
そこでユーザーが本当に求めている体験を提供して、快適に利用し続けてもらうために、「サービスデザイン」というデザインの方法論が注目されています。
サービスデザインとは、ユーザー視点でサービスや商品の新たな価値を創造し、継続的に提供する組織・仕組みを構築していくための手法です。ユーザー視点を重視しながら6つの原則に基づいて作成することで、ユーザーはもちろん、サービスを提供する側のオペレーションも配慮した、一貫性のあるデザインを提供できるようになります。
この記事では、サービスデザインの意味や6つの原則、求められる背景、UX・CXとの違い、構築プロセス、事例をわかりやすく解説します。ユーザー視点を把握するために必要なリサーチや分析手法も紹介するので、ぜひ参考にしてください。
● 自社の組織や仕組みの中にデザインの考え方を導入したい経営企画部門・事業責任者
● ユーザーにとって使いやすいデザイン設計を目指すデザイナー、エンジニア
● サービスデザインの手法を使って行政サービスの質を高めたい自治体関係者
目次
サービスデザインとは
サービスデザインとは、顧客が望む製品・サービスの体験価値を創造し、継続的に提供できるビジネスの仕組みを構築することです。
以下のような複数の顧客接点で一貫性のある体験を提供できるようデザインを設計します。
● HPなどで製品・サービスの情報収集をする
● 製品・サービスを店舗やWeb経由で購入する
● 製品・サービスについてのアフターサービスを受ける
どの接点においても統一感のある体験を提供するために、運営側のオペレーション・仕組みもデザインの対象となる点が特徴です。
サービスデザインは、ビジネスシーンでの活用はもちろんのこと、行政からも注目されていて、経済産業省は以下のように定義しています。
“顧客体験のみならず、顧客体験を継続的に実現するための組織と仕組みをデザインすることで新たな価値を創出するための⽅法論”
サービスデザインの6原則
サービスデザインには6つの原則があり、次のような考え方が求められます。
サービスデザインの6原則 | |
1. 人間中心 | 顧客だけでなく従業員なども含めて、製品・サービスに関わるすべての人の体験を考慮する |
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2. 共働的であること | 製品・サービスに関わるすべての人を巻き込み、共にサービスデザインを創りあげる |
3. 反復的であること | 優れたサービスデザインを創出するために、アイデア出しから実装までのプロセスを繰り返して体験を磨いていく |
4. 連続的であること | 顧客の行動を一連の流れで捉え、ストレスを感じる場面がないよう一貫性のある体験を提供する |
5. リアルであること | プロトタイプを作成するなど、顧客ニーズを現実に落とし込んで体験の質を検証できる環境を用意する |
6. ホリスティック(全体的)な視点 | 製品・サービスに関わるすべての人や物事を俯瞰的に見る |
1. 人間中心
サービスデザインに取り組むうえでは、常に人間を中心に考えることが大切です。「誰のためのサービスか?」という問いを続け、組織のためではなく、製品・サービスに関わる人を中心に検討する必要があります。
製品・サービスに関わる対象者は顧客に限定せず、従業員などすべての人の体験を考慮してデザインする視点が不可欠です。
2. 共働的であること
製品・サービスに関わるすべての人を巻き込み、アイデアを深めていく姿勢も重要です。
単に顧客の声を聞くだけでなく、共にデザイン設計に取り組むことで、新たな価値創出を期待できます。
サービスデザインに取り組む過程でさまざまな人と意見を交換し、議論する場を設けて合意形成につなげましょう。
3. 反復的であること
優れたサービスデザインを生み出すには、構築のプロセスを繰り返す必要があります。
サービスデザインは、リサーチ・分析、アイデア出し、プロトタイプ作成など複数のステップ経て構築していくものです。構築のプロセスを一度で終えるのではなく、何度も検証を繰り返して磨き続けることが大切です。
4. 連続的であること
顧客行動を一連の流れとして捉えたうえで、一貫性のある顧客体験を提供する必要があります。
具体的な顧客体験の例は、以下のとおりです。
● 購入
● 利用
● 利用後の問い合わせ
製品・サービスの提供側は、各接点で異なる体験を実施しているように考えがちですが、顧客は「同一サービスとの接触を通して得られる、一つの体験」として捉えています。
そのため各接点で一貫性がなければ、顧客はストレスを感じやすくなります。顧客のストレスをなくすには、接点ごとの顧客体験を可視化して課題を抽出し、多角的に分析することが大切です。
5. リアルであること
リサーチ・分析によって顧客ニーズを明らかにした後は、製品・サービスのローンチ前にプロトタイプを作成し、「リアル(現実)」に落とし込む必要があります。
プロトタイプを作成して実際に利用体験を検証することで、「ユーザー視点を優先するよりも、開発側にとって都合良く作ってしまった」など、潜在的な課題抽出につながります。
6. ホリスティック(全体的)な視点
製品・サービスを継続して提供し、事業を持続的に成長させるためには、ホリスティック(全体的)な視点で考える必要があります。つまり、サービスに関わる人や物事を俯瞰的な視点で見て検討することが大切です。
サービス提供・利用にまつわる全体像を詳細に描き出してみて、一貫して快適な体験を提供できているかどうか、俯瞰的に捉える視点を持ちましょう。
サービスデザインが求められる背景
サービスデザインが求められる背景として、「モノ消費」から「コト消費」へと顧客の価値観が変化した点が挙げられます。
従来は、モノの機能・品質が優れていれば顧客に手にとってもらえました。しかしモノが溢れた現代社会において、モノ自体の訴求による差別化が難しくなっています。そこで、モノとコトを統合して一連の顧客体験の創出を図るサービスデザインが注目されるようになったのです。
例えば、以下のような体験を通して顧客に良い印象を与えられると、継続して選ばれやすくなります。
● このサービスについて情報収集している段階から楽しい気分を味わうことができた。実際に使ってみて満足したので、今後もリピート利用したくなった
サービスデザインとUX・CXの違い
サービスデザインとUX・CXの間には、密接な関係があるといえます。まずは、UXとCXの意味を整理してみましょう。
UX(ユーザーエクスペリエンス:ユーザー体験)とは、ユーザーが製品・サービス利用を通して得られる体験のこと。UX設計では、例えばユーザーが「ECサイトをストレスなく利用でき、決済や配送がスムーズだった」と感じられるなど、快適で満足できる体験を提供することが重要です。
一方、CX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験)は、製品・サービスの利用前後も含めたすべての体験を指します。製品・サービス利用中に限定せず、「購入後の問い合わせがスムーズ」といった体験も含まれる点がポイントです。
CXは、「購入前の情報収集でも、購入時も、そして購入後もスムーズで快適に使えた。今後もこのブランドを利用し続けたい」といったブランドに対する好感を左右するものです。長期的な顧客ロイヤルティの醸成に影響し、企業ブランディングにも関わる要素だといえます。
サービスデザインとUX・CXとの違いは、製品・サービスに関わりのあるすべての人を含めるかどうかです。UXとCXはユーザー体験を重視していて、サービスデザインはユーザーだけでなく提供側の体制やスタッフも考慮してデザインする点が、大きな違いだといえます。
サービスデザインのプロセス
サービスデザインを構築するプロセスは企業によって異なります。
ここでは、一般的な流れを紹介します。
リサーチ
まずはリサーチを実施します。リサーチでは、製品・サービスに関する本質的な課題や、今まで認識していなかった新たな価値を特定するために、情報収集を行います。
製品・サービスとの接触を通して得られる新しい体験や、既存の価値観にない新しいサービスを提供するには、顧客自身も気づいていない課題やニーズを洞察する必要があります。
具体的には、以下の2つの調査が有効です。サービスデザインでは、とくに後者の定性調査を重視します。
しかし、アンケートやインタビューを受けるユーザー側の記憶が曖昧な可能性もあり、無意識の行動や思考を捉えられない恐れがあります。
そこでもう一歩踏み込んで、以下の2つの調査の実施も検討しましょう。
● ユーザー参加型テストである「ユーザビリティテスト」
● 人間中心設計の専門家による「エキスパートレビュー」
これらの取り組みを通して、本質的なデザインの要件・仕様を特定できるようになります。ユーザビリティテストやエキスパートレビューの詳細については、次章で紹介します。
分析
リサーチで収集したデータを視覚化して分析し、サービスと接触する人の心理・行動を理解しましょう。データを根拠に、サービスが抱える課題をユーザー視点で捉え、根本的な解決策を探る段階です。
ユーザーの心理やニーズを把握する中で、以下の視点から検討を重ねることが大切です。
● 本当はサービスへの接触を通じてストレスを感じているのに、ユーザーが無意識に受け入れてしまっている課題はないか?
● このサービス利用を通して、ユーザーはどうなりたいのか?
● サービス提供側としては、ユーザーにどうなってもらいたい?
分析を通してユーザーの課題を特定した後は、客観的に説明できるよう定義づけを行いましょう。
アイディエーション
課題解決に向け、仮説を立てながらアイデアを出し、議論を深めましょう。
アイデア出しは質より量を重視して、数多くの意見を出し合うことが大切です。デザイナーやエンジニア、マーケターなど、部門や立場が異なる関係者を巻き込みながら、多角的な視点で話し合いましょう。
出されたアイデアを整理し、課題解決のポイントを見出していきます。
プロトタイピング
アイデア出しの結果、新たに考案したデザインや機能を可視化するために、サービスのプロトタイプを作りましょう。実際に作ってみて、ユーザーの課題を解消できているか、新しい価値を生み出しているかを検証します。
このプロセスでは、ユーザーや関係者に、製品・サービスと実際に接触して試してもらうことが大事です。ユーザーテストを実施して、課題を洗い出しましょう。
ユーザーテストでは、以下のポイントを確認することが大切です。
● 開発側が意図した通りに機能しているか
● ユーザーが期待する結果を得られるか
課題が見つかった場合は再びアイデアを出し合い、もう一度プロトタイプを作成して検証するプロセスを繰り返します。
実装
本番環境でサービスを実装します。
生産体制や運用体制を整備し、通常業務で製品・サービスを使用できるところまで進めます。日々、現場で業務にあたっているスタッフと協力して取り組むことが大切です。
サービスデザイン構築のためのリサーチ・分析手法
サービスデザインを構築するプロセスで使用される、代表的なリサーチ・分析手法を紹介します。
ペルソナ
まずはペルソナ設定を実施し、製品・サービスと接触する具体的な人物像を描きます。
ペルソナ設定を行うには事前の調査が重要です。参考になるデータがなければ「サービス接触者は、きっとこのような課題や思考を抱えているだろう」と、開発側の憶測だけで想定ユーザー像を描くことになるからです。
そのためペルソナマーケティングを実施し、想定する対象のデータを収集するプロセスが必要です。具体的にはWebアンケート調査を実施して定量的なデータを収集することで、想定ユーザーの傾向を把握できます。
カスタマージャーニーマップ
ユーザー体験を可視化するために、カスタマージャーニーマップを作成しましょう。リサーチを通して得られたデータをもとに、ユーザーがサービスを認知してから起こす行動や感情をマップに集約させる方法です。
組織内でユーザー体験の全体像について共通認識を持つことができ、マーケティングやデザイン施策の目的を共有しやすくなります。
カスタマージャーニーマップを通してサービスデザインの課題を見つけ出すには、以下のポイントをチェックすると良いでしょう。
● 人間中心のサービスデザインになっているか
● 一貫したユーザー体験を提供できているか
ユーザビリティテスト
アイデアを出して仮説を立てた後は、ユーザビリティテストを実施して仮説検証を行います。
ユーザビリティテストでは、想定ユーザーによって製品・サービスが実際に利用される場面を観察し、利用中に感じたことをその場でヒアリングします。製品・サービス接触に関するリアルな情報を関係者間で共有でき、サービス改善に役立ちます。
ユーザビリティテストは、「なぜユーザーは利用中にストレスを感じたのか?」など、量的検証だけでは把握が難しい課題やユーザー心理を抽出できる点がメリットです。
エキスパートレビュー
エキスパートレビューは、ユーザビリティの専門家が、想定ユーザーになり代わって対象製品・サービスを操作し、実際に体験しながら課題を抽出する手法です。ユーザビリティテストと同様、サービスのローンチ前の一次的評価に利用できます。
ユーザーの利用シーンを想定したうえで、ユーザビリティテストよりも広範囲にわたりサービス構造を評価できます。
電通マクロミルインサイトのデザインリサーチのサービス資料は、こちらからご覧ください。
サービスデザインの事例
サービスデザインに関する2件の事例を紹介します。
イオンウォレット
スーパーマーケット大手のイオンリテール株式会社が提供する、決済や金融情報に関する「イオンウォレット」は誰でも直感的に使えるアプリです。
イオングループは、クレジットカードやコード決済、ポイントプログラム、保険などさまざまなファイナンシャルサービスを提供しています。しかしデジタルツールに関するリテラシーがそれほど高くない地方都市での店舗展開が多く、ユーザーに向けて情報を届けても、価値に気づいてもらえない点が課題でした。
そこでシンプルなUIを通して必要な情報にすぐアクセスでき、ニーズに合ったコンテンツをスムーズに利用できるアプリを開発。シンプルなわかりやすい操作画面で、ユーザーの用途に合わせて以下からコンテンツを選択できます。
● クレジットカードの利用明細
● コード決済AEON Pay
● おトクな情報(クーポンやキャンペーン情報)
膨大な数の情報やサービスをUIに一覧表示するのではなく、一人ひとりのユーザーに最適化した情報に絞って表示させている点が特徴です。パーソナライズされた体験が提供され、ユーザーは自分にとって本当に必要な情報にアクセスできます。
このアプリは、国際的に権威のあるデザイン賞の1つ「iF DESIGN AWARD」のサービスデザイン部門において賞を授与しています。
参考:AEON WALLET|iF DESIGN AWARD
ダスキンの新サービスMuKu
掃除用モップなどのレンタル事業を展開する、株式会社ダスキンの新サービス「MuKu」は、生活者の行動観察から生まれました。
「MuKu」は掃除用品のレンタルサービスで、手軽に部屋の掃除ができるモップなどの製品が自宅まで配達され、4週間ごとにモップが回収されます。
ダスキンは新サービス開発に向けて、企業と顧客がアイデアを共創するための場として「ダスキンラボ」を開設。一般の主婦や子供も参加できるワークショップを開催し、「決められた時間にモップを⼿に取って掃除することにハードルを感じる」などのユーザーインサイトを収集した結果、「MuKu」が生まれました。
また、訪問販売を通じてユーザーの要望を直接聞くことのできるビジネスモデルを生かし、掃除業から、必要とされる製品・サービスを提供する「生活調律業」への変革を進めています。具体的には、ユーザーの潜在的なニーズに対応できるスタッフの育成と、顧客中心の事業運営を目指す組織作りを進行中です。
参考:MuKu | ダスキン
サービスデザインのリサーチは電通マクロミルインサイトへお任せください
優れたサービスデザインを創出するためには、対象ユーザーのニーズや課題を正しく理解し、何度も検証を重ねて実装につなげるプロセスが非常に重要です。
「ユーザー調査は、どのように進めればよいだろう」「製品・サービスのプロトタイプ作成や検証について、相談できる支援先はないだろうか」とお悩みの企業様は、ぜひ電通マクロミルインサイトにお任せください。
電通マクロミルインサイトのサービスの特徴は、次のとおりです。
● デザインリサーチ、定量/定性調査、グローバルリサーチなど幅広い調査手法から最適なリサーチソリューションを提案
● 広告代理店「電通」とリサーチ企業「マクロミル」の強み・ノウハウを掛け合わせてサービスを提供
● 電通による数多くのマーケティングプロジェクトに参画した経験と、マクロミルが保有する豊富なデータとテクノロジーを活用できる
デザインシステムに関するお悩みをお持ちの企業様は、ぜひ一度、電通マクロミルインサイトまでご相談ください。
電通マクロミルインサイトのUXリサーチのサービス資料は、こちらからご覧ください。
数々の部門横断型プロジェクトを経験したのち、電通マクロミルインサイトにおいてUI/UXリサーチの新サービスを立ち上げ。
責任者として、様々な企業のUI/UX改善プロジェクトに参画。